+ 過 +















・・・私はあなたを恨んだ」










8年前から・・・。










外の天気は館の中にいてもわかるくらいの土砂降りで
窓を打ち付ける雨のせいで外の景色は歪んでいた。








「どうして・・・お姉ちゃん。あんなに優しかったのに」








風華の手が首にある状態のまま は静かに涙をためた。








「忘れない・・・忘れるわけない。8年前のあの日・・・」


















―― 8年前 ――













「撮るよー!ほらっ、笑って笑って!!」

「「はーい!!」」








パシャ・・・!!








ニュースではお花見お花見と話題が上がるこの季節。
私は妹と手を繋いで母と3人で桜の木の下で笑った。








「今日はお姉ちゃんの中学入学祝いだよ!!」

「い、いいよ。そんなの・・・」

「ダメよ!あの氷帝学園よ?ピアノの腕を見込まれて推薦入学だなんてさすが私の娘だわ!ねー ?」

「ねー!」

「大袈裟だなぁ・・・」













うちに父親はいなかった。

私達がまだ小さいときに病気で・・・。

お母さんはそれからたった1人で私達を育ててくれた。

好きだったピアノもずっとやらせてくれた。

だから私はお母さんに恩返しがしたくて・・・、あの有名な氷帝学園に入学を決めた。













「風華は私に似て可愛いからなー。学校で告白されまくっちゃったりして!ね、

「ねー?」

「何言ってるのよ。もー」











幸せで・・・。

たとえ裕福じゃなくても今の生活が大好きで・・・。

こんな時間がずっと続けばいいと思った・・・。













体に異変を感じるあの日までは・・・。













「ケホッ・・・。っ!?カハッ・・・ゴホッッ!!」





「お姉ちゃん・・・?お、お母さん!お姉ちゃんが!!」










ある日、私は胸が急に苦しくなって倒れた。

目が覚めたとき最初に見たものは白い天井。
腕には点滴が打たれていて、隣にあったカーテンが開いた。








「風華!風華!!」

「お母さん・・・?」








お母さんは私の手を握って涙を浮かべながら何度も名前を呼んだ。
はベッドのシーツをギュッとつかんでいる。








「お母さん・・・ここは?何で私・・・」

「落ち着いて聞いて。風華」








そばにあった椅子に腰かけてからお母さんはゆっくり口を開いた。








「ここは病院よ。それでね・・・風華の体が少し疲れちゃって
 治療が必要なんですって。だからここに入院しましょ?」

「入院!!?」








思わずベッドから起き上がる。
しかしお母さんは落ち着いた様子で話を進めた。








「入院って言っても検査だけだから安心して。大丈夫、心配しないで」








その言葉に私はコクンッと頷くことしかできなかった。
















私は入院した・・・。













それからお母さんと は毎日お見舞いにきてくれた。

毎日花を買ってきてくれたり本を買ってきてくれたり・・・。

私は2人が来てくれるその時間が大好きだった。













しかし入院して1年後・・・

お母さんはパタリと来なくなり、 1人だけがお見舞いにくるようになった。










・・・お母さんは?」

「えっと・・・お仕事!最近忙しいみたい!」

「そう・・・」








はいつでも笑顔で私にいろんな話をしてくれた。

友達がこうだとか・・・学校がああだとか・・・。でも、ちっとも楽しくなんかなかった。
















「私はね・・・ 。あなたが憎くて堪らなかった!
 私は病気で苦しんでるのに、いつも幸せそうに笑うあなたが憎かった!!」








の瞳から一筋の涙が流れた。








「知ってたのよ・・・私の病気は治らないものだって。
 知ってた・・・。だから分かった。お母さんは・・・私を見捨てたんだって」

「見捨てた・・・?」

「治らない病気を抱えた娘の看病なんて、嫌になったんでしょう?
 だからお母さんは急に会いにきてくれなくなった・・・」

「違う・・・」










「それからまた1年が経って・・・
 治らない病気と、見捨てられた絶望と孤独感に襲われた私は・・・」












病院の屋上から・・・その身を投げた。












シンッ・・・と静まりかえる中、跡部達は目を見開いた。

が・・・優しく微笑みながら風華を抱え込むように抱き締めたのだ。

それには風華も驚いた様子で動けずにいた。










「ごめん・・・」








風華の耳元で、 は静かに言った。








「ごめんね・・・お姉ちゃん。辛い思いさせて・・・。でも違うの」

「何が違うの・・・」

「お母さんは、お姉ちゃんの看病が嫌になったんじゃない。いつもお姉ちゃんを心配してた・・・」

「嘘!だって」



「嘘じゃない。お母さんは、私達2人を愛してくれてた。

 お母さんは・・・お姉ちゃんの手術をするために仕事を増やして、倒れたの。

 それでお姉ちゃんと同じ病院に入院してた」










「えっ・・・!?」










驚きの声が上がる。
は目を閉じて続けた。










「疲労のせいだった。でもお母さんはいつも笑ってたよ。
 「風華に笑われちゃうから入院してることは内緒にしてね!」って口止めされてた」

「そんな・・・」

「でも・・・春になろうとしてた暖かい日。お母さんの容態は急変して・・・そのまま・・・」








バッ!と風華は の肩を強くつかみ視線を合わせた。








「最後に、お母さんは笑って言ったの・・・。
 「2人と出会えてよかった。大好きよ」って・・・幸せそうに・・・笑って」

「そん、な・・・」








風華の瞳からも頬を伝って雫が落ちた。










「そんな・・・お母さん」












は風華の涙を優しく拭ってやると、ニッコリ明るく笑みを浮かべた。










「会いたかった。会えてよかった・・・お姉ちゃ・・・」








ドサッ!!








「っ! !!?」










急に倒れこんだ に跡部が駆け寄ろうとしたが風華がそれを止めた。








「大丈夫。眠ってるだけ」

「眠って・・・?」

「もう、体力的にも精神的にも限界だったみたい。
 この館で1番精神力を削られてたのは だから・・・」








自分も座り、膝の上に の頭を置いて楽な姿勢をとると
跡部はゆっくり・・・風華に近付いた。








「みんな下がって。この人達と話がしたい」

「なっ!しかし!!」

「いいから。大丈夫だから!」










風華に命令された幽霊達は全員納得しない顔のまま渋々頷くとスゥーッと姿を消していった。













「さて・・・」








風華はグルッとメンバーを見渡してみた。








「まず皆さんに謝らないと・・・」

「なぜですか?」

「なぜって・・・。私はあなた達を傷つけて」

「何言ってんだよ。誰も怪我なんかして無いじゃん」








岳人は両手を広げて笑ってみせた。








「それに、最初から俺達を無事に帰すつもりだったんでしょう?」

「えっ!?」

「あの幽霊達なら俺達を簡単に潰せたはずや。せやけどせんかった」

「試してたんだろ?危険な状況になっても俺達が を見捨てたりしねぇか」

「大事な妹を守ってくれる人間かどうか」

「忍足さん達を捕まえたにも関わらず何もせずに逃がしたことがその証拠です」










跡部は苦笑する風華の隣に腰を下ろすと、涙で濡れた の頬に触れた。










は・・・私のこと恨んでるかしら?」

「それはねぇな」








即答すると跡部と風華の間にジローが笑顔で割って入った。








はね!俺によくお姉さんの話をしてくれたんだよ!!」

「私の・・・?」

「ピアノが上手で、優しくて、美人で。でも怒るとちょっと恐くて。
 自慢のお姉さんだって 言ってたCー。だから はお姉さんが大好きなんだよ?」










クスッ。





小さく笑うと風華は跡部に真剣な顔をして見せた。










「跡部くん・・・?」

「あん?」













「私の最後のお願い・・・聞いてください」















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心の闇なんて元々ない・・・

ただ貴方の周りの人間を知りたかっただけ。

許してちょうだい。

ただ試しただけだったの・・・。





2007.8.13