+ 涙 +















「跡部っ!」

「わかってる。ピアノだろ」

「大丈夫ですか? 先輩」








隣を走っていた長太郎がそっと の手を握ると、
は「平気だよ」っと笑みを向けた。








ドンッ!!





「おわっ!?」








急に立ち止まった跡部の背中に が思いっきりタックルをすると
跡部はそんなこと気にせず顎でクイッと前を示した。








「見ろ。」

「へっ?」








跡部の視線の先に と長太郎も目を向けた。
その先で見たものは・・・。








「ジロー・・・ちゃん?」

「本物ならな」








その一言にドクンッと心臓が波打つ。
ジローの後ろ姿をした者はキョロキョロと辺りを見渡してから暗闇が続く廊下に消えていった。













「同じテニスをする仲間なのに・・・こんなにもお互いを信じられないものなんですね」

「今の状況だったら仕方ねぇだろ・・・。
 俺達はここにいる限り・・・仲間でも何でも疑わずにはいられねぇんだよ」








その言葉がズシリと背中に伸し掛かる。








ここにいる限り、笑って手を振ってくる仲間でも警戒しなければならない・・・
偽者ではないかと疑わなければならないのだ。










「行きましょう。本物の・・・仲間を捜しに」










ニッコリ笑った長太郎に悲劇が起こったのは・・・そんな時だった。















「みんないないね・・・」








長い長い廊下を、捜している者達の名前を呼びながら歩く。

捜し始めた時間からしてそろそろ見つかってもいいと思うのだが・・・
廊下は相変わらず静寂に包まれていた。








「跡部さん。もしかして俺達がいた部屋に戻ってきているってことはありませんか?」

「そうだな。捜しながら部屋まで戻ってみるか」








跡部はポケットに手を突っ込みながら3人並んで廊下を歩く。

その時・・・。










ガタンッ!!








「うわっ!?」








隣にあったドアの向こうから何かが倒れる大きな音が響いてきた。










「びっくりしたぁ・・・」

「この部屋から・・・でしたよね?」








長太郎が恐る恐るドアノブに手を掛け静かにひねると
扉はいとも簡単に開き跡部はその中を覗き込んだ。








「別に何もねぇじゃねーか。何だったんだ?今の音」








長太郎が最初に部屋へ足を踏み入れ、それに跡部と が続こうとした。










「っ!!?ダメだ! 先輩!!!」



「えっ・・・わっ!?」










長身の長太郎が の体を思いっきり突き飛ばすと は再び廊下へ投げ出された。
跡部は に駆け寄ると声を上げた。








「おいっ!鳳!!」








バタンッ!!








しかし次の瞬間には・・・長太郎の姿は扉に遮られて見ることが出来なくなった・・・。










「長太郎・・・」

「あの、馬鹿・・・!!」































「よくもやってくれたな?長太郎よ」

先輩を狙っているんですね?宍戸さん・・・いや」








長太郎はゆっくり振り返る。








そこには彼と同じ帽子をかぶり、彼と同じ所に傷を作り
彼と同じ笑みを浮かべる男が・・・そこに立っていた。










「宍戸さんの皮をかぶっても・・・それは許しませんよ」












「長太郎!長太郎!!」








バンッバンッ!っと扉を叩く音と の声が聞こえる。
長太郎は宍戸から目を離さないまま壁に背中をつけた。








「俺はお前なんかに用はねぇよ。用があんのは女の方だ」

「俺はあなたに用があります。 先輩には近付かせませんよ」

「へぇ・・・?じゃあ、やってみろよ!!」








床を蹴って飛びかかる宍戸に長太郎は素早く身構えた。








ダンッ!!








「危な・・・っ!!」








寸前で宍戸の拳をかわすと脇をすり抜け、何とか背後に回りもう1度身構えた。











ガッ!!



「うっ・・・!?」










しかし先に動いたのは宍戸の方だった。
長太郎の頭部に一発きめると、そのまま押し倒し馬乗り状態になった。








腕は長太郎の首にある。
いつでも絞め殺せる体勢にあった。










「クソッ・・・」

「なぁ、お前・・・何をそんなに守りたいんだ?」








その質問に長太郎は動きを止めた。








「なぜ自分より他人を守る。人間なんて皆自分が一番大事だろ?」

「そうかも・・・しれません」








静かに・・・相手を見た。








「でも、そんな自分よりもっと大事なものが俺にはある。
 それを守りたいと思って、何がおかしいんですか?」

「そんなもの。あるわけねぇ」

「あるんです。俺には・・・自分より守りたい。無くしたくない。大好きな・・・仲間が」

「仲間?自分より大事な?そんなのありえねぇ。人間なんて皆同じだ!
 自分のためなら何だって平気で捨てる・・・殺すのだって同じだ!!」








「そうでしょうか・・・?」








長太郎は冷たい瞳を宍戸に向けた。
腕を伸ばし、そっと宍戸の頬に触れた。










「それならなぜ・・・あなたは泣くんですか?」










宍戸の眼から流れ落ちる涙は長太郎の指を伝い、床に落ちた。








「泣いてなんかいねぇ・・・泣くのは心を持ってる奴だけだ」

「そうですね・・・。あなたには心がある」

「俺達みたいな奴らは、そんな物持ってねぇよ」








宍戸の声が部屋中に響いた。








「お前を・・・今ここで殺したら。俺には一体何が残る?」

「さぁ・・・わかりません。俺の死体と・・・あなたのその涙と、
 やりきれない気持ちだけが残るんじゃないですか?」

「お前は・・・殺した俺を恨むか?」

「いいえ・・・」








長太郎は即答した。








「だってあなたは俺を殺さない。そうでしょう?」

「なぜそんなことが言える。俺はお前を今すぐ殺せるんだぞ!?」

「いいえ。あなたは殺さない・・・なぜなら」








微笑むと、宍戸は眼を見開き長太郎の首にある腕に力を込めた。








「あなたは怖かっただけだ。自分が何者なのか・・・自分でもわからない存在だから」



「やめろっ!!」










ギリッ・・・!!!










強まった腕は、呼吸と共に・・・ゆっくりと、緩められた・・・。















「心・・・か」










宍戸は静かに呟くと長太郎の首にあった腕を床につけた。








「こんな状況でそんなセリフ吐くなんて、お前・・・馬鹿な奴だな」

「よく言われますよ。あなたと同じ顔をした方にね・・・」












ぎこちない笑みを浮かべると宍戸の姿をした男はスーッと姿を消していった・・・。















+ ―――――――――― +

心。

それは生きている者だけの特権。

心。

それは生きている者のみの所有物。

それを自ら捨てる者を。

愚か者と言わずに何と言う?







2007.2.26