お父さん・・・?


お母さん・・・?


待って・・・どこに行くの?


ねぇ待って・・・お願い!


私を置いて行かないで!!










Act.7     × 大きな手 ×










ガバッ!!










「はぁ・・・はぁ・・・」










ベッドから飛び起きた はドクッドクッ・・・と煩い心臓の音を聞きながら
汗でグッショリと濡れた手の平を見つめた。










「行かないで・・・か」










片手で前髪を掻き上げるとフッと笑みをもらした。










「最低だな・・・私」


















朝は忙しい。着替えが済んだら洗濯物を全て洗濯機に放り込み洗剤を入れてスイッチを入れる。

その間に食事の準備。これが終わったら家中の掃除をして・・・あぁ、今日はゴミの日だったっけ。

あとバイトの面接の時間も確認して、今日のお買得食品もチェックしておかないと・・・!!










グォン・・・グォン・・・。








洗濯機の水を掻き混ぜる音を確認して、チラッと鏡に目を向けてみた。










「ありゃ・・・」










真っ青になった左頬。

昨日、キレた叔父に殴られた箇所が青紫色の痣になっていた。















――― この 家の恥じさらしが!!















「・・・まいったなぁ」










痛い・・・。

いや、きっと気のせいだ。



だって・・・私は痛みなんか感じないから。

痛みを感じることなんか許されない人間なんだから・・・。










は両親の写真の前に立つとピシッ!と姿勢を正し、両手を合わせて目を伏せた。










「おはよう。お父さん・・・お母さん」










返ってこないとわかっていながら笑顔で挨拶をした後、さて朝ご飯を作ろうかとキッチンへ向かった。










ピンポーン♪










「はーい?」










家中にチァイムが鳴り響く。

こんな朝早くから一体誰だろう・・・。










ピンポンピンポンピーンポーン♪



「うるさっ!!」










誰だまったく!これで小学生のピンポンダッシュだったら本気で怒るよ私は。










「はいはい。どちら様ー?」





ガチャッ。





「よぅ。昨日ぶり」










は思わぬ人物の登場に一瞬体が固まった。無理もないだろう。

ドアを開けて目の前に立っていたのは・・・拓だった。










「あがるぜー?」










玄関でさっさと靴を脱ぐと当たり前のようにリビングへ向かい、ソファに腰を下ろした。










「ち、ちょっと待って!何で拓がまた家に来るの!?何度言われても、私は会社に入る気なんて」
「待て待て。俺は別にしつこく勧誘に来たわけじゃねーよ」
「えっ?」

「それより。茶」










拓と自分の分のお茶を入れると少し離れて座り、チラッと拓の顔を窺った。
すると拓はじっと の顔を見つめていた。










「な、なに?」










拓は頬杖をつきながらしばらく を見つめると、小さく溜息をついた。










「いや。安心しただけ」
「へっ?」



「思ったより元気そうじゃん」










お茶をすすりながら我もの顔でテレビをつける。










「何しに来たの・・・?」
「様子見に」
「独り暮らしの女の子の家に?」
「誰もお前みたいなガキにやましいことしようなんて思わねぇよ」










ピィー!!










ヤカンが甲高い音を立ててお湯が沸騰したことを知らせる。

はその音に反応し、キッチンに向かおうとしたが拓も一緒に立ち上がり
の両肩を力強く押し戻し、再びソファに座らせた。










ドサッ!!



「う、わっ!?」










ソファのお陰で別に痛くはないが、肩を抑える手の力が少し痛い。
顔を上げると覆い被さるように拓が に影を落としていた。

は見上げる・・・拓は見下ろす・・・。



ヤカンの音が尚も大きく響いてくる。
拓が指をパチンッと鳴らすと耳障りだったヤカンの音はピタッと止まった。










「昨日は・・・言い過ぎた。悪かったな」
「えっ、いや・・・全然気にしてない」










しばらくして、拓は肩に置いていた右手を の左頬にそえた。










「どうした?これ」










そこには昨日殴られてできた痣があった。










「あ、いや・・・これは何でもない」










パッと顔を背けると今度は顎を指で無理矢理上に向かされた。










「何でもない、じゃねぇ。これは何だって聞いてんだ」
「なっ・・・」










拓の目はさっきとまったく別のものになっていた。
冷たいんじゃない。怖くもない。悲しそうな・・・真剣な目だった。










「おいっ! !!いるんだろ!?」










ドンドンドンッ!!とドアを叩く音が響く。
が反射的にビクッと体を震わせると拓が首を傾げた。










「誰だ?」
「し、親戚の人。だから!もう帰って!!」










バタンッ!!










「おいっ、 !いるなら返事をしろ!!」
「・・・叔父さん」










乱暴にドアを開けて現れた叔父は の隣にいる拓に目がいくと眉をしかめた。










「誰だ?この男は・・・」
「あ、何でもありません・・・遊びに来た友達です」
「友達?フンッ。お前に友達なんていたのか?」










別にどうでもいいと言わんばかりに鼻を鳴らすと、拓に背を向け を見下すように睨みつけた。










「よく聞け 。もうお前の我儘を聞くのも疲れた。この家は売る」
「なっ・・・!?」
「いい加減思い出なんかにすがるのは止めろ。来月までには片付けておくんだぞ」

「やめっ・・・。待って!お願い!!」


















カチャッ・・・。



「ヒィッ・・・!!」


















短い悲鳴。

さっきまで嫌味ったらしく笑っていた叔父の顔は蒼白に変わり・・・。

瞬き1つできず見つめる先にいたのは・・・叔父の額に黒く冷たいピストルを突き付けて笑う・・・





拓だった。










「女をイジメんのが趣味か?いい趣味してんねぇ」
「なっ・・・あ」










叔父の唇は恐怖で震える。拓は舌で自分の唇をペロッと舐めた。










「ここはコイツん家だろ?コイツの好きなようにして何が悪い?思い出にすがって何が悪い?」









カチャ・・・。





拓が引き金に指をかけたのを見て、 はすぐさま叔父と拓の間に割り込んだ。










「た、拓!拓やめて!!」



「ヒィ・・・!!」










が壁になったのを見て、叔父はバタバタと机や扉に体をぶつけながら外へ飛び出していった。










「なんだよ?何で止めんの?」
「当たり前でしょ!まさか本当に撃とうと思ってたの!!?」
「はぁ・・・。不幸な上にお人好し・・・か」










ピストルを素早くしまうと拓は自分の髪をガシガシとかいた。










「まぁ・・・あんだけ脅かしといたんだし、もうあの男も勝手に家を売ろうなんて思わねぇだろうよ」
「えっ・・・あ、ありがとう」
「お前さ、これからどうやって生きてく気?もうあの男とは関わらねぇだろ?」
「1人で・・・生きていくよ。自分のために働いて自分のために生きるよ」



「だったら・・・俺と来いよ」










顔をあげると拓は、その大きな手を の頭にポンッと置いた。










「別に会社に入れとは言わねぇよ。ただ、あそこにはお前みたいなはみ出し者が集まってる。
1人で生きていくなんてカッコイイこと言ってんじゃねぇよ」










頭の上にあった拓の手は滑るように の髪を撫でた。









「意地張ってんな。今まで・・・本当は寂しかったくせに」










は自分の瞳に一気に涙が押し寄せてくるのがわかり、急いで下を向いた。










「銃出しちまったからどっちにしろあの男が警察に連絡してるだろうし。
その間この家にいるのは危険だろ。麗の奴もお前のこと心配してたみてぇだし」

「麗さんが・・・?」
「あぁ。だから・・・しばらくあそこにいろ。悪い奴はいねぇから」










は顔を棚の方へ向けると、こちらに笑顔を送る両親が目に入った。


















――― 行きなさい・・・










「・・・お父さん?」


















どこからか頭の中に響いてきた懐かしい声・・・。
そして目の前にスッと差し出された拓の大きな手。
先ほどまで自分に触れていたあの手だった。















「俺と来いよ。















は戸惑いながらもその手を・・・握った。



これが の人生を大きく変える選択であり・・・定められた運命でもあった。















× ―――――――――― ×

普段からピストル装備って怖くないですか?(汗)
(自分で書いておいて・・・)

拓にとっては両親を亡くした を放っておけなくて

からすべてを奪おうとした叔父が許せなかったのです。

叔父さん踏んだり蹴ったりです(泣)







2008.3.4