「お前みたいな表の世界に住む人間が想像もできないような仕事・・・かな?」






「・・・なにそれ・・・?」






その声は、あのときと同じ・・・殺気に満ちた冷たい声だった・・・。










Act.3     × Angel ×










拓は聞こえたのか聞こえなかったのか、 に背を向けて歩き出した。



周りを見渡すとそこは大通りから離れた裏路地のようで、建物の間の細い道をスタスタ
歩いていく拓を は慌てて追いかけた。










「忠告しといてやろうか?」



「・・・・えっ?」








の前を歩きながらそう言うと、足を止めてゆっくりと顔だけ振り返った。
やわらかそうな猫毛がフワリと揺れる。






「社長がどういう理由でスカウトしたのか知らねぇけど、俺はお前みたいな16の女が
 この世界で生き抜いていけるなんて思ってねぇ。この仕事は・・・最悪死ぬ仕事だ」

「・・・死ぬ・・・!!?」




「そ。だからパパママに甘えて育てられたお嬢様なんか3日もつかな?
 悪いことは言わねぇからさ・・・・社長に勧誘されたらキッパリ断って・・・どうした?」






急に俯き黙り込んでしまった を見て、拓は歩み寄った。






「うちの両親・・・10年前に死んでるんだよね・・・」
「えっ・・・マジ?」






それは思いもしなかった言葉で、拓は足を止め思わず聞き返した。






「名前とか歳とか調べ済みなのに、知らないの?」
「いや、俺は を連れて来いとしか聞いてなかったし・・・」

「そうなんだ。とりあえず今の私に肉親なんかいないの。兄弟もいないし。
10年間ずっと1人だった」








「・・・なんで」



「えっ?」
「いや、なんでもねぇ。行くか」








再び背を向けると拓は1人、眉をしかめた・・・。















しばらく歩き続けるとレンガに囲まれた入り口から下へ続く階段が現れた・・・
どうやら店への入り口らしい。ロウソクの火しか明かりはないのに拓は怖がる様子もなく階段を降りていく。








「あのさ・・・あなたの」
「あー。面倒だから拓でいいや。俺も今からお前のこと って呼ぶ。いいだろ?」

「あ、うん。あの・・・拓って悪魔なの?まだ信じられないけど、
  裏の世界っていうのは拓みたいな人もいるの?」










背中に黒い翼。



本が好きな は題名は忘れたが、なにかの物語でそんな話を読んだことがある。
もちろんあれは空想の中の世界だし、悪魔や天使、神様なんてありえない。
しかし、 はさっき実際に人間の背中から黒い翼がはえるのを見たのだ。
しかも一緒に空まで飛んだ・・・疑いようのない体験をしてしまったのだから。








拓は の質問を聞くと呆れたような、驚いたような表情を浮かべた。








「悪魔ぁ?あぁ・・・これか?」






そう言うと片手をロウソクに向けて伸ばしパチンッと指を鳴らした・・・
すると触ってもいないのにロウソクの火が消え、代わりに拓の手の平に火が燃え移った。
はその光景に目を見開いた。








「これは呪いだ・・・使えるのはうちの会社でも、俺と社長しかいねぇ」






「呪い・・・」
「また後で教えてやるよ。はい、到着ー!!」










の言葉を遮るように拓は声を上げた。
顔を上げると分厚い扉が拓と の前に堂々とそびえ立っていて
扉の真ん中には天使の羽を持つ女性が描かれていた。








「ここが俺達の店「Angel」。まぁこれは表の顔だけどな」
「表の顔って?」
「表があれば裏がある・・・そのうちわかるだろ」








ギィ・・・っと重い音を立てながら扉を開けると は思わず声を上げた。










「わぁ・・・」








そこはランプの光に満ちた酒場のような店で
性別・年齢がバラバラな人間が何人も集まり楽しそうに酒を飲んでいた。

しかし、見た感じ全員が より年上のようだ・・・。






拓が1歩店に入ると奥から1人の男が走ってくるのが見えた。













「拓ぅう―――――っっ!!!」








ドカッ!!








「ぐあっ!!?」













相手に体当たりをされた拓は背中から倒れ込み、強打した後頭部を撫でながら声を張り上げた








「痛ってぇ・・・!零時!!てめぇ!」
「遅いやーん!俺、待ちくたびれて向かえに行ったろー思うてたんやでー?」
「うるせぇ!昼間っから酒くせぇんだよ!!まず退けろ!!!」








零時と呼ばれた男は馬乗り状態のまま「恐ぁー」っと言うと渋々拓の隣であぐらをかいた。
ニッコリ笑ったその笑顔は懐っこい犬を連想させた。








「とりあえず、ご苦労さん!疲れたんとちゃう?
  めっさ恐い顔してんでー?拓ちゃん不機嫌なんかー?♪」



「殺されてぇか?」



嫌!ほんの冗談やん!?俺今酔ってんねん!大目に見て!!?」








慌てたように両手を左右に振るとフッと顔を上げた。
そして次の瞬間、驚いた拍子に扉の影に隠れた と目が合った。








「あぁ―――っ!!」



「へっ・・・!?」








急に叫んだかと思うと、零時はピョン!っと立ち上がり に駆け寄った。








「あんたやろ?社長はんのお気に入り!もしかして時計について何か知ってるん?」
「時計・・・?」





「おい、やめろ零時!」



「ええやん。自己紹介するだけや・・・」








拓とは違う、サラサラで真っ直ぐな髪を肩まで伸ばしていて
パッと見、女に見えなくもないその男は、拓と同じくらいの歳で背は の頭1個分高かった。








「俺は白霧零時(しらきり れいじ)や。 って呼んでええ?」



「やっぱり・・・名前知ってるの?」
「知ってるも何も、ここにいる全員知っとるわ。なんせ・・・うちの社長はんが目ぇつけたんやからなぁ」








ニカッと笑ったかと思うと次の瞬間には瞳を冷たく鋭いものに変えて、
零時はスッと長く白い指を の顎にそえた。















「あんた時計について何か握ってるんやろ・・・。せやったら言うてみぃ?」








ゾワッ!!













その瞳と声に の背筋は一気に凍り付いた。



なにか・・・冷たい何かが の首を鷲掴みにしているような息苦しさ・・・。
嫌な汗が の頬を伝った。










「おいっ!やめろ、つってんだろ零時!!」
「わぁた!了解や!!ちょっとからかっただけやって!なぁ ?」
「ぇ・・・あ・・・」

「そんな怖がらんといてぇ。大丈夫やって!今のは冗談。
  ここからが真面目な話・・・ほんまに時計についてなにも知らないんか?」



「・・・と言われても。時計ってなんのことだか・・・」








やっと絞り出した頼りない声で返事をすると零時は、信じられない!っといった風に眉をしかめた。








「えーっ!?拓ぅ!ほんまにこいつなん?間違えて連れて来たんとちゃう?!」
「知らねぇよ!俺は確かに社長にこいつ連れて来いって言われたんだよ!!」








「ねぇ・・・人違いとかだったら私、帰ってもいい?」






もしそうならば、このままこんな所にいる意味もない。
だったら私は・・・・・















「ダメだよ」















後ろから聞こえた声に3人は同時に振り返った。



するとそこには、黒いスーツを着こなした見た目20代の男性が笑顔で立っていた。
歩くたびに靴のコツ・・・コツ・・・っという音が聞こえてくる。








「んーと。初めまして、僕が『Angel』の社長です。 ちゃんだね?よくきてくれました」






顔は整っていて、笑った瞬間「綺麗だ・・・」と は思った。






社長が拓に目を向けると、それに気付いた拓は立ち上がり の背後に回った。






「ここじゃ話も出来ないから、社長室に来てもらえるかな?」








社長は背を向けて部屋の奥の扉へ向かっていった。
足が動かない の背中を拓が軽く押した。








「行け」
「でも・・・」
「俺もついて行く。だから早く行け」








拓に背中を押され、 はゆっくり社長室へ向かった。
途中、酒を飲んで大騒ぎしていた人達が自分に視線を送っていることに は気付いた。















パタンッ・・・。










「ここなら静かだからね。改めていらっしゃい・・・ ちゃん」








そこは机の上にしかランプがない薄暗い部屋で、壁すべてが本棚になっていた。
そこには本がギッシリつまっていて は不気味さを感じずにはいられなかった。








「こっちへ来てもらえる?君に見てもらいたいものがあるんだ」








その言葉に は初めて自分の足が震えていることに気付いた。
すると後ろから拓にグッと腕を引かれ思わず は体を後ろに倒した。















「社長の言葉に乗せられるんじゃねぇぞ」






「・・・えっ」



「何を言われても自分を見失うな。聞き流せ」













トンッと背中を押され、 は拓に顔を向けながらゆっくり社長に近付いた。











「雪凪になにか言われたの?」
「えっ、いいえ・・・別に」
「そう。実はね君をうちの会社にスカウトしたいんだ」
「あの、それってどういう・・・」








机の上にあるランプが社長の顔をぼんやり照らした・・・
社長は目を細め の肩に手を回すとソッと耳に口を近づけた。








「僕の会社に入らない?君は今まで僕が探してた人材なんだ・・・
  ほかの社員なんかと一緒の扱いなんてもちろんしない」



「あの・・・言ってる意味が」
「そーだなぁ・・・率直に言うと僕は君が欲しい。君が必要なんだ・・・だから」















「僕の人形になってよ」















× ―――――――――― ×
うーわー。何ヶ月ぶりの更新だろう・・・。

お次の新しいキャラは白霧 零時(しらきり れいじ)
です。

関西弁ー!!!大好きです!好物です!!

こいつは愛されキャラ(笑)目指して書いていきたいです!!







2007.2.4