いつのころからだろう・・・


目を閉じて、耳を塞いで、座り込んで、泣き叫び・・・


現実から逃げ始めたのは・・・。








No.32
    『Fade』








「お姉ちゃん!雨降ってきたよ?早く雨宿りしよう!!」








ハッと顔を上げると目の前に直也が飛込んできた。



そうだ・・・今はテニススクールで練習中だった。








「えっ?雨?」








顔を上げると確かにポツッ・・・ポツッ・・・っと、しかしだんだん激しく雨が打ち付けてきた。








「わぁ大変!早く行こう!」








ラケットを持って休憩所である屋根の下に入る。
他のスクールメイトも皆練習をやめて雨宿りを始めた。








「すごい降りだねぇ・・・」
「うん・・・」








すると、不意に隣りにいた直也がユニフォームをちょこんと引っ張ってきた。








「ん。どうしたの直也?」
「この前・・・俺お姉ちゃんの決勝戦見たんだぁ」
「うん。それが?」
「何で、手抜きなんてしたの?」








ドクンッ・・・!!








「えっ?なんのこと・・・」

「とぼけないでよ!俺は、お姉ちゃんみたいにテニス強くなりたくて・・・
 お姉ちゃんのことずっと見てたんだ!少しでも力の加減なんてしたらすぐわかるよ!!」








グッと唇を噛んだ。

直也の眼は真剣で、思わずそれに負けそうになってしまった。








「俺は、いつかお姉ちゃんと戦いたくて・・・同じ場所に立ちたくて頑張ってきたのに!
 お姉ちゃんがそんなんじゃ、いつまで経っても俺は1番強くなれないじゃんか!!」

―――っ!!」
「俺の1番はお姉ちゃんなんだ!何で真剣勝負で手抜きなんてしたんだよ!!」
「て、手抜きなんてしてない!!」








思わずカァッ!ときてしまい、負けないくらい声を張り上げると
直也はもちろん他の生徒も驚いた様子で私に目を向けた。











「直也なんかに・・・直也なんかに私の気持ちなんてわからないんだよ!!











ダッ!!





「お姉ちゃん!?」











もう嫌になって・・・直也に八つ当たりした自分が許せなくて・・・
私は雨の中走り出していた。本当は直也がすごく羨ましかった。



素直で・・・明るくて・・・テニスが上手くて・・・こんな私とは正反対で・・・。











「待て !どこへ行くんだ!?」











後ろから聞こえてきたのはコーチでもあるお父さんの声。
しかしその声も、私を追って来ようとはしなかった・・・。















直也みたいになりたくて、直也に憧れて・・・変わりたくて・・・

でも変わろうとしない自分が許せなくて・・・。私はただ怒りに任せて全力で走っていた。















パァアァァァ―――――!!!





「えっ・・・?」















鼓膜に響くクラクションの音。

するとそこには、1台の車が滑るような走りで私の目の前まで迫っていた。















キィィイィイ―――――!!!





「お姉ちゃん!!」










バンッ!!















背中を押させる感覚・・・私の体は前のめりに倒れた。










ドンッ・・・!!










そのすぐ後ろで鈍い音が響いたが、すぐにザァー・・・っという雨の音にかき消されてしまった。

私はずぶ濡れの体をゆっくり起こすと後ろを振り返った。















「直也・・・?」















そこには止まった車と、倒れた直也・・・。

私は立ち上がり、ゆっくり直也に近付くとビチャ。と水溜まりを踏んだ。



そこに混じっていたのは・・・赤。








血だ。










「直也?」








側に膝をついて座ると目を閉じて倒れている直也の肩を揺すった。








「直也・・・ねぇ、直也・・・?」










反応は・・・なかった。










「直也!ねぇ!!お願い・・・起きてぇ!!」










体を起こそうと触れると自分の腕が真っ赤に染まった・・・。

心臓が止まったような感覚に・・・頭の中が真っ白になった。















「いやぁぁあぁー!!直也ぁ!!」















私はただ・・・直也を抱き締めて、泣いた・・・。































「いやぁ・・・あぁ・・・!!」

「お母さん・・・」








病院という建物は・・・こんなにも残酷な現実を突き付けられる場所だっただろうか。



病院のベッドに寝かされた直也は顔に白い布をかぶせられ・・・
その側でお母さんが文字通り崩れるように泣き叫んでいた。



そんなお母さんを慰めようと肩に触れようとした瞬間・・・
パァン!!っという乾いた音が響いた。



それが、お母さんが私の手を払い除けた音だと気付くのには数秒経った後だった。










「なんで、直也が・・・なんで、こんないい子が」
「お母さん・・・直也は私を」



「何で直也なのよぉ!何で・・・何であんたじゃなくて直也なの!!?










ドクンッ!!



「えっ・・・?」










「何で直也がこんな目に遭わなきゃいけないの!?あんただったら良かったのに!!」













頭を鈍器で殴られたような気分だった。













・・・」

「お父さん・・・」










後ろに立っていたお父さんの眼は冷たく・・・私は人形のように固まってしまった。










「出ていきなさい」

「えっ・・・?」
「出ていきなさい。お前の顔なんて見たくない」















私は病室を追い出され、冷たい廊下にペタンッと座り込むと声を上げて泣きわめいた。



それは悲鳴に近いもので、反響してくる声は私に罪の重さを教えた・・・。











苦しい・・・押し潰されそうだ・・・。


















―――  先輩!!





ハッ!!













は顔を上げた。

しかし目の前には無人のコートが寂しく存在しているだけで、雨は相変わらず降り続いていた。















――― 怖いんだったらなにも1人で背負い込むことないっスよ。

    ダメな時はダメって誰かに助けてもらいましょうよ。















「赤也・・・」
















―――  先輩が助けてほしいときに「助けて」って言えば俺いつでも助けに行きますよ?














「みんな・・・」














――― それに他の先輩達だってきっと 先輩を助けてくれますよ!














「・・・助けて・・・」














その時、後ろで誰かが・・・私の名前を呼んだ・・・。















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

暗闇の中にポツンッと立っていた。

ただただ「声」だけが響いてた。

それは心を直接壊し始めた。

そのとき・・・

聞こえてきた「声」と

差し伸べられた「大きな手」・・・・・。





2008.1.19