昔の記憶、思い出なんて・・・儚く散ってしまうもの。
それにすがるのは・・・いけない事ですか?
No.21 『Fade』
ザァー。
蛇口から止めどなく流れ続ける水を両手ですくうと、それを一気に顔に押し当てた。
冷たい。ほてった顔もひんやりと熱をひいていった。
汗も洗い流し、ポタポタと水を滴らせながら柳生はハッと自分のミスに気が付いた。
「あ、タオル・・・」
忘れてしまいました。どうしたものでしょう・・・。
「柳生!ホラッ!!」
バフッ!!
名前を呼ばれ顔を上げた瞬間、いきなり何かが顔めがけて飛んできた・・・。
もちろん私はそれを見事顔面でキャッチした。
「ナイスキャッチ」
「お願いですから・・・いきなりタオルを人の顔に投げつけないでください」
眼鏡を外していたのでハッキリとは見えないけれど、わかる。
さんは笑いながら目の前に立っていた。
「ゴメンごめん。お困りだったようなので使うかなーっと思って」
渡された(投げられた)タオルで水を拭き取ると、フワッといい香りがした。
おまけに触り心地は最高だ。
「洗いたてですか?」
「うん!しかも干したての取り込みたて。気持いいでしょ?」
「えぇ・・・」
濡れないように置いてあった眼鏡をかけると次はハッキリと
さんの姿が目に入った。
「それ・・・すべて
さん1人で洗ったんですか?」
「えっ?あぁ。うん!」
視線を足元に下げる。
するとタオルが山になって入っているカゴが2〜3個置いてあり、
しかも
さんの両手にも大量のタオルが抱えられていた。
どうやったらここまで運べるのか非常に不思議だ。
「洗いたて・・・だったんですか。すみません早速使ってしまって」
「何言ってるの。使ってもらうためにやってるんだから当たり前でしょ?柳生は何も気にする必要なし!」
ビシッ!と指を突きつけながら笑う彼女を見て思った。
もしかしたら彼女が毎日1人でこなしている仕事は、
軽く私達の練習メニューに匹敵するのではないだろうか?
「
さん。1つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「その仕事の量を毎日こなすのは・・・辛くありませんか?」
思えば、私達は練習ばかりに夢中で彼女がどれだけの仕事をしていたかなんて考えたこともなかった。
欲しいときにもらうタオルも、体に必要な水分を補うドリンクも・・・
あの部室とコート全体の掃除も、その日のスコア記録も・・・。
全部、全部やってくれていたのは・・・彼女だ。
もしかしたら、この前熱を出して倒れたのも仕事による疲労が溜ったのが原因なんじゃないか・・・。
「柳生。」
ハッと我に変えると
さんは目を細めて、微笑んだ。
「柳生。私はね・・・不思議とこの仕事は苦だと思わないの」
「えっ・・・?」
「たぶん、昔の私だったら辛くて辞めてると思うな・・・。
でも、頑張ってる柳生達見てるとね、負けてらんないって思うの」
さんの声を聞いていて気付いた。
「いつだか私は、柳生に聞いたよね?」
あぁ、私は・・・自分の想像していた以上に。
「どうしてこんなに・・・優しくするの?って・・・」
「えぇ。」
貴方に惹かれていたみたいですよ・・・
さん。
「あの答えは、今も変わらない?」
「もちろん。」
いつか貴方の1番側に・・・心に秘めた気持ちはまだ伝えぬまま。
風の中で笑う貴方を見つめているだけで、今はまだ・・・それでいいと思った。
「
さんに・・・笑っていただきたいからですよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
想い人の笑顔が好きだから。
ずっと笑っていて欲しいから。
そんな純粋な男。柳生。
うん。好きです柳生。
2007.6.9