雨が降ったら傘をさす。

当たり前のことだが私は傘をささない。

さしたくない。

延々と雨を落とす空を見るために。








No.10    『Fade』








「うひゃー。派手だなぁ」






私は1番側にあった窓から外を覗きこむと呟くように言った。






今の天気は突然降り出した雨。
もちろんテニスなんてできるわけがなく、部活は教室を借りてミーティングという形になった。
それも今終わり私も含めて全員が帰り支度を整え始めた。








「たしかにすごいっスねぇ・・・雨」
「そのせいでコートはグチャグチャだし」
「ま、たまにはいいんじゃねーの?」






赤也達も同じように窓を覗きながら同意した。






「じゃあみんな!風邪引かないように気をつけて帰ってね!」
「「「はーい。」」」








幸村はまだ真田とのミーティングがあるのか教室に残り、私も荷物を手に昇降口へ向かった。
昇降口に降りると雨の日特有の匂いと空気を肌で感じ・・・そして重大なミスに気がついた。










「傘、持ってないし・・・」










だいたい今日の朝天気予報で雨が降るなんて言わなかったじゃん!!






いや・・・ただ天気予報見忘れただけだけど。










「このくらいの雨なら大丈夫かなぁ・・・」






傘もささずに門を潜るとそのまま歩き出した。






しばらく歩いたところで足を止めて空を見上げると
黙々と降り注いでくる雨に向けて受け止めるかのようにゆっくり片手を伸ばした。










「雨・・・かぁ」










たしかあの日も・・・こうして雨が降ってたなぁ。


顔に落ちて来る雨に目を細めているといきなりモスグリーンの壁が視界を遮った。








「傘もささずに何をしているんですか?」
「柳生!?」






振り返れば呆れ果てた顔で溜息をつく柳生が私に雨が当たらないように傘を差し出していた。






「ずぶ濡れじゃないですか!傘はどうしたんですか!?」
「それが、忘れちゃってさぁ。このまま帰ろうかなっと」






すると柳生は傘を私に渡してテニスバッグの中を荒らし、
レギュラージャージを取り出すとそれを私の肩にかけた。






「羽織ってて下さい。風邪引きますよ」
「えっ!?ダメだよ柳生!!ジャージ濡れちゃうよ!!」






私が脱ごうとしたら柳生が優しくそれを止めた。






「羽織ってて下さい。あなたにその格好でいられると私としても目のやり場に困りますから・・・」
「へっ?」






目を逸らす柳生を見て私はやっと今の自分の服装に気がついた。
雨のせいで髪は濡れ、水が滴り制服も体にピッタリ張り付いてシャツなんてかなり透けていた。








「・・・あー・・・。すみません。お借りします」
「どうぞ」






それから私は制服の上にジャージを羽織るという不思議な格好をして、
柳生と2人で1つの傘の中を歩いた。










「早く止んでほしいね。雨・・・」
「雨はお
嫌いですか?」
「うん。雨は嫌い・・・でも、雨に打たれて濡れるのは好きなんだ」






柳生は首をかしげると私を見つめた。






「なぜですか?」
「雨はね・・・汚いもの全てを洗い流してくれるから」






その時、一瞬 の瞳が悲しそうに伏せられた。






「私みたいな奴を全身ずぶ濡れにして洗ってくれる・・・でもそれはただの気休め。

 残念ながらベッタリついた汚れっていうのはなかなか落ちないものだから、

 私は雨が降るたび・・・落ちもしない汚れにこうして雨を打ち付けるの」










柳生は の言っている意味がわからなかった。


ただ・・・ニッコリ笑った の瞳を見つめるだけだった。










「柳生は?」
「えっ!?」
「雨は嫌い?」

「あ、いえ・・・私は結構好きですよ?
 匂いや音を聞いているだけで楽しくなりますし・・・それに」

「それに?」






「こうして さんと帰ることもできます」










ほほ笑む柳生を見て は目を見開くとクスッと小さく笑った。






「そう考えると雨って・・・いいかもしれないね」
「でしょう?」










不思議だった。
ずっと さんが不思議だった。






いつも笑顔で明るくて・・・それでもチラッと見せる顔は寂しげで。

どこか満たされない彼女の心。

その様子をずっと見ていて、どこか興味があった・・・どこか魅かれた。















「あ、ここでいいよ!」
「家まで送りますよ?」
「ここから近いし大丈夫!じゃあ・・・また明日」
「待って下さい!この傘・・・持って行って下さい」
「えぇ?!そうしたら柳生が濡れちゃうじゃん!!」
「問題ありません。ほらっ」






そう言うと柳生はテニスバッグから小さく折り畳まれた傘を取り出した。






「準備いいね・・・」
「それほどでも」






バサッとそれを開くと に差し出した。
は少し戸惑いながら受け取った。






「ありがとう・・・このジャージも傘も明日洗って返すね」
「わかりました。でわ、また明日・・・」
「あ、柳生!!」






歩いていた足を止めて振り返ると が静かに口を開いた。















「どうしてこんなに・・・優しくするの?」















そう。その顔です・・・。



なぜ貴方はそんなにも・・・孤独な顔をするんですか?















さんに笑っていただきたいからですよ・・・」















柳生は背を向けると雨の中をゆっくり歩いて消えて行った・・・。



道の真ん中で、 は借りたジャージを羽織って借りた傘をさしながら
雨が地面を打ち付ける音を黙って聞いていた。
















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お次は紳士、柳生さんとの絡みでした。

何気に好きキャラ。登場を増やすかもしれません。

ちなみに私も雨にうたれるのは好きです。







2006.9.24